Andrew Pekler & Hannno Leichmann

PoleとJan Jelinekが再びやってきます。そして、今回は彼らのライヴ・サポートとしてscapeから2枚のアルバムを残し、Staubgoldから最新作"Strings & Feedback"を発表したAndrew Peklerと、Static名義などで知られ、そのStaticとしてCity Centre Officesからの最新作"Re: Talking About Memories"が好評なHanno Leichmannが両者のライヴ・サポート・メンバーとして来日致します。また彼らのソロ公演も決定!!絶対に必見です!!音楽家として幅広い才能を持つ両者へのインタビューです。
イベント詳細:http://www.faderbyheadz.com/event/scape/index.html

Andrew Pekler

子供の頃の音楽、あるいは音(音楽以外の物理的な音)にまつわる記憶を教えてください。

アンドリュー・ペクラー(以下A):子供の頃ソビエトに住んでたんだけど、そこでルイ・アームストロングの声を聴いて、どんな人が歌ってるのかなあと想像してたこと。

ギターを演奏することになったのは?

A:カリフォルニアの小さくて静かな街で育ったから、子供のための遊びっていうのはあまりなかった。自分たちでエンターテイメントを探さないといけなかった。スポーツをやったり、ショッピング・モールで遊ぶ子もいたね。12歳のときに、僕は両親にねだってギターを買ってもらった。親友がドラムを買ってもらったからなんだ。

カリフォルニアからヨーロッパに引っ越すことになったのは?
さらに現在の拠点であるベルリンへ移住することにしたのは? いうまでもなくベルリンは電子音楽の首都であるわけですが、音楽的理由からベルリンへ移り住むことが決定されたのでしょうか。

A:ドイツに引っ越したのは、大学にいくためなんだ。音楽とは無関係の決断だったんだよ。音楽をシリアスにやろうとまだ思ってなかったからね。ベルリンに住んでみたかったのは、それまでは小さな街でしか住んだことがなくて、大きな街でサヴァイヴできるか試してみたかったから。

ギタリスト/シンガーとしてMucus 2というガレージ・バンドで演奏しつつ、MATADORでのSad RocketsやKLANGからリリースされたBergheim34ではバンド・フォーマットに電子音楽の要素を強く取り入れた作風を打ち出し、さらにソロ作『Nocturnes, False Dawns & Breakdowns』などではジャズのエッセンスを加えた作品を発表されていましたが、ギター・バンド的なキャリアから電子音楽やジャズへと徐々にシフトしていくことになった経緯などあれば教えてください。

A:同時に並行していろんな音楽に興味があったよ。僕は過去10年間、エレクトロニック・ミュージックとバンドを両方ともやってきた。一つのプロジェクトでできる以上のいろんな音楽に興味があるんだ。僕はジャンルに関してピュアリストじゃないし、僕が興味を持てる音楽のほとんどは、一つのカテゴリーやスタイルに分類できないものなんだ。

あなたの音楽は電子音楽、ロックやポップス、ジャズ、ブレイクビーツ、ミニマルなど、実に様々な音楽性を覗かせています。レコード・ショップで働いていたというキャリアが影響しているのかもしれませんが、こうした様々な音楽性を自然と包括するような音を形成してくことになった流れにはどのようなものがありましたか?

A:前にも言った通り、僕はジャンルにこだわらない。リスナーとして、僕は特定のムードやアプローチに興味をもってきた。僕はどんな分野でも興味を持てる音楽を見つけられる。音楽を作るとき、僕はマーケットやカテゴリーや、レコード店のセクションのことは意識しない(僕がレコード店でいつも好きなセクションは、“ストレンジ・ミュージック”のコーナー)。僕は雰囲気やムードを作り出そうとしていて、この目的を達成するためには、すべての音楽スタイルの要素を使うのが妥当だと思ってる。

ヤン・イェリニックのアルバム及びユニット名であるKosmischer Pitchに参加することになった経緯を教えてください。

A:『Kosmischer Pitch』はヤンが完全に一人でレコーディングしたもので、作品を完成した後に、僕とハノ・ライヒトマンに彼が声をかけてきて、ライヴで演奏しようといわれた。リハーサルでは、思いがけず曲作りをしたり、新曲を即興で作り出したりしてたから、ライヴでは新曲を演奏してる。実はライヴの50パーセントは、3人で作った新曲なんだよ。今も一緒に曲を作っていて、将来はトリオの作品を出すと思う。

STAUBGOLDからリリースされた最新作『Strings + Feedback』は、タイトル通りストリングスやピアノのサンプルをミキシング・デスクでフィードバックさせた音をオーガナイズしたもので、これまでの作風とも異なり非常にミニマルでごく限られたエレメントのみで成り立った美しい作品です。あなたの新しい側面を大きく打ち出したものでもありますが、この作品を制作することになった経緯を教えてください。

A:『Strings + Feedback』は、二つの理由があって制作した。ひとつはモートン・フェルドマンの音楽への関心と、もうひとつはゆるい構造の中で即興演奏してみるということ。 まず、いろんな長さのループを作って(大半がモートン・フェルドマンの作品をサンプリングして加工したもの)、その後はミキサー卓でフィードバックを作り出し、ループの上に音のテクスチャーを加えていった。ディレイ・エフェクトの出力をまた入力させて、EQをいじることで、ループと一緒にメロディを「演奏」することができた。フィードバックを操作するとき、100パーセント結果が予想できなかったからこそ興味深かったよ。

『Strings + Feedback』は、ほとんどのサンプルがモートン・フェルドマンの50年代の作品からとられています。フェルドマンへのトリビュート的な意味合いも込められているのでしょうか。フェルドマンの音楽はほとんどがピアニシモで成り立っていて、ゆったりとした静かな音楽であるがゆえに微妙に移ろう音の変化が劇的になものに感じられます。彼の作品をサンプリングの元とした理由を教えてください。

A:『Strings + Feedback』はモートン・フェルドマンへのトリビュートを意味したものではないんだ。僕は彼と同じような静寂のダイナミクスを利用してないし、音を「乱暴に扱ってはいけない」という彼のルールに従ってない。彼の音楽をサンプリングしたのは、彼が使っていたトーンや楽器編成が好きだったからだよ。それに、彼の作品ではそれぞれの音に時間と空間の余裕があるから、サンプリングしやすいしね。彼の音を一つサンプリングしたとして、それがモートン・フェルドマンだとはわからないだろうし、長く聴かないと彼の作品だとは判別できないだろうね。プレス情報に書かれなければ、誰もモートン・フェルドマンをサンプリングしたことに気づかなかったはずだよ。

『Strings + Feedback』のプレス資料では、ステファン・シュナイダーが作品をオノ・ヨーコの名言「Draw a map and get lost」を引き合いに出して説明しています。彼女のこの言葉は、作品を説明するうえで非常に重要な意味合いを持っていて、音楽へのリサーチや、それに捕われない受け取り方への多様性を指し示しているようにも思えますが、あなた自身はこの作品をどのように捉えてらっしゃいますか?

A:このアルバムのメソッドを描写する上で、「Draw a map and get lost」(地図を描きなさい。そして迷いなさい)という表現は確かにピッタリだよ。これはつまり、僕がいくつかの中心的な要素によるシステムを作り上げたことを意味してる(モートン・フェルドマンのサンプリング、長さの違うループ、ミキサー卓のフィードバック)。この制限の中で可能性を探って、美しい音を作り出そうとしたんだ。厳格な制限を設けることで、境界線の中の可能性を探りやすくなるんだ。小さなスペースの中も無限になりうるんだよ!

『Strings + Feedback』は、あなたの音楽的アプローチが今後こうした方向性に完全にシフトしていくことを意味しているのでしょうか? それとも、これまでのようにポップ・ソングも並行して制作されていくのでしょうか? この作品での音楽性の変化を踏まえて今後の予定を教えてください。

A:『Strings + Feedback』と同じ要素を使ったセカンド・アルバムを作ってるよ。今のところ、ドラムを導入してもっとリズミカルな作品になってる。ただ、まだ作り始めたばかりだから、方向性は変わるかもしれないけどね……。

Hanno Leichmann

生まれはどちらになりますか? 現在はベルリン在住?

ハノ・ライヒトマン(以下H):生まれはルーマニアなんだ。今はベルリンに住んでる。

子供の頃の音楽、あるいは音(音楽以外の物理的な音)にまつわる記憶を教えてください。スタティックとしての3枚目にして最新作『Re: Talking AboutMemories』は、タイトルが「記憶」を扱ったものですが、子供の頃の音楽、あるいは音をめぐる記憶の中で現在のあなたの音楽に繋がっていくようなエピソードなどありましたら教えてください。また、『Re: Talking About Memories』では、ヴィンス・クラークの「Never Never」をカヴァーされていますが、この曲も子供の頃のあなたの音楽的記憶と密接に関わったものなのでしょうか?

H:両親がドイツの歌謡曲を聴いてたのを覚えてる。ルーマニアのジプシーたちの音楽も聴いて育ったよ。従兄弟がキッス、ピンク・フロイド、アバとか西洋のレコードを聴いてたけど、当時のルーマニアでは入手するのが難しかった。ニュー・アルバムは別に幼少期の記憶とは関係ないんだ。この作品のタイトルは、僕のほかの多くのタイトルと同じように、ランダム・ソフトウェアでジェネレートしてる。

ドラムを演奏することになったのは?

H:兄がシンセを持っていたけど、弾かせてくれなかった。だからドラムを叩かせられた。その後は一緒にバンドを組んだんだよ。

ラリ・プナのヴァレリー、トゥ・ロココ・ロットのロナルド・リポック、即興系アーティストのクリストフ・カルツマン、トラピストのマーティン・シーヴァートなど、スタティック名義では多数のゲストをアルバムに迎えていますが、あなたの交友関係の幅広さがうかがえると共に、これらの人脈がヨーロッパのエレクトロニカ/ブレイクビーツ/ジャズ/インプロヴァイズド・ミュージック/ポストロックを見事に結びつけている点が興味深いです。

H:僕のバックグラウンドはジャズとフリー・ジャズだから、いろんなバックグラウンドのミュージシャンと演奏することに慣れてるんだ。いろんなミュージシャンと演奏した方がインスピレーションになるしね。

非常にたくさんのプロジェクトを抱えていて、いくつか日本では手に入りづらい作品もあるのでそれぞれのプロジェクトについて始めることになったきっかけや音楽性ついて説明していただけますか?
まずSTATIC。ジャズ的な要素と電子音楽的な要素を土台にしながらも、あくまでポップであることにこだわった音作りが印象的です。

H:スタティックは僕の最初のソロ・エレクトロニック・プロジェクト。機械を使った音楽を作ってみたかった。後になってドラムや生楽器を導入するようになったね。ヴォーカルを導入したり、いろんなシンガーに参加してもらって、ポップ的に曲を完成してる。

DJ Attach and the Beige OscillatorとWhite Holl。
ホワイト・ホールはNicholas BussmannとのDJアタッチ・アンド・ザ・ベイジ・オシレーターを発展させるかたちで発足したプロジェクトですが、こちらではブレイクビーツの要素を取り入れられていますね。

H:楽しくて、スタイルにとらわれない音楽。思いついたものは何でも作るプロジェクト。ホワイト・ホールはヒップホップとディスコに焦点を当てた作品なんだ。DJアタッチ・アンド・ザ・ベイジ・オシレーターと同じプロジェクトなんだけど、バンド名が欲しかった。ホワイト・ホールという名前がピッタリだったんだ。

Vulva String Quartet
あなたの一番新しいソロ・プロジェクトで、ハウスをやっています。

H:クラシックのレコードの破片で、ダンスフロア向けの音楽を作ってるんだ。

Forest Jackson
これもあなたのソロ・プロジェクトで、“dark side of Static”と形容されているように、よりムードやテクスチャーに重点を置いたものとなっています。

H:そう、このプロジェクトは僕のドラムとシンバルに焦点を当ててる。ある意味、僕のドラムセットへのオマージュのプロジェクト。

Ich Schwitze Nie
エレクトロ・アコースティックのトリオで、フィルムやシアターのための作品を中心に制作されています。

H:ベルリンでやり始めた僕の最初のバンド。今はラジオシアターの音楽しか作ってない。このバンドはもう終わったんだ。

Dawn
これもトリオで、パロマを一緒にやっているHannes Stroblに、ToscaのRupert Huberを加えた編成です。

H:これは一度っきりのプロジェクト。ライヴは2回しかやってなくて、最初のラ イヴを録音してCDとして出した。

Paloma
こちらはHannes Stroblとのデュオで、生楽器を用いたテクノやクラブ・ジャズを展開されています。

H:そう、このバンドは97年から2002年までやってた。

ヤン・イェリニックのアルバム及びユニット名であるKosmischer Pitch、そしてポールのバンドに参加することになった経緯は?

H:何年も前からお互いのことを知っていて、2年前からポールのセットに生ドラムを導入できないかということになって、方向性を探ってた。ドラムをレコーディングしたんだけど、今のところ彼の新作では使われてないんだ。その後に、ヤンにアンドリューと3人でトリオを組もうと言われた。完璧な編成だよ。